企業経営において「予実管理」は欠かせない業務のひとつです。計画通りに売上や利益が上がっているか、コストが膨らんでいないか。こうした問いに明確な答えを出すためには、日々の実績を把握し、あらかじめ立てた予算と照らし合わせて管理する仕組みが必要です。本記事では、「予実管理とは何か」という基本的な考え方から、Excelによる始め方、運用のプロセス、社内での定着方法、さらにはシステム活用のポイントまで、段階を追って丁寧に解説していきます。これから予実管理を導入しようと考えている方、すでに業務の中で携わっている方にとっても、日々の業務改善や組織運営に役立つ内容をお届けします。予実管理とは何か?──基本の定義と考え方予実管理とは、「予算(=計画)」と「実績(=結果)」を定期的に比較し、その差異を把握・分析することで、企業活動の進捗や課題を明らかにする管理手法です。正式には「予算実績管理」とも呼ばれ、管理会計の中でも中核的な役割を担っています。たとえば、売上やコストに関して立てた年間予算に対し、月次で実際の実績がどの程度進んでいるのか、目標との乖離がどこにあるのかを確認するのが、予実管理の基本的な考え方です。「予算管理」との違い「予算管理」と混同されやすいですが、両者には役割の違いがあります。予算管理は、将来に向けて「どのようにリソースを使うか」を計画・設計する活動。予実管理は、その計画が「どれくらい実行されたか」を事後的に検証・改善する活動。つまり、予算管理が“設計図を描く”作業なら、予実管理は“実際に建てられたものを検査する”作業といえるでしょう。なぜ“差異”に注目するのか?予実管理では、常に「計画と現実の差」に注目します。この差異を明確にすることで、どの部門・施策がうまくいっていないのか原価や販管費など、どこにコスト超過があるのか今後の対応として何を見直すべきかといった具体的な判断材料を得ることができます。なお、差異は必ずしも「悪いこと」ばかりではありません。良い意味での乖離、つまり「予算よりも成果が上回った」場合でも、その背景を分析することで、成功パターンを再現したり、他部門に展開したりと、プラスのサイクルを生み出すことが可能です。数値管理にとどまらない“経営の羅針盤”予実管理は単なる数字の管理にとどまらず、「どこに進んでいて、どこが遅れているのか」を経営の現場に伝える“羅針盤”のような存在です。経営層が意思決定するための材料であると同時に、現場が行動修正するための気づきを与えるツールでもあります。このように、予実管理は単なる集計作業ではなく、組織全体を目標達成に導くための実務的なマネジメント手法なのです。予実管理に必要な「予算」の構造と種類予実管理を行う上で最も基本となるのが「予算の構造を正しく理解し、適切に設計すること」です。この章では、実務で押さえておくべき予算の種類や構成要素、設計時のポイントについて解説します。「予算」は単なる支出計画ではない「予算」という言葉を聞くと、多くの方が費用(コスト)の計画を思い浮かべるかもしれません。しかし、企業における予算はそれだけではありません。売上、利益、経費、原価など、収益と支出の全体像を構成するものがすべて予算の対象となります。予算の4つの基本構造予実管理で扱う主要な予算の分類は以下の4つです。① 売上予算製品やサービスの販売により得られる収益の予算です。過去の売上実績や市場トレンドをもとに設定します。売上予算は事業全体のトップライン(最上位)に位置し、他の予算の基準ともなるため、最も慎重に設計すべき項目です。② 利益予算売上から原価や経費を引いた「営業利益」や「経常利益」などの目標値です。単に売上を増やすだけでなく、原価管理やコストコントロールによって利益率を高めることも考慮に入れます。③ 経費予算人件費、販管費(販売費および一般管理費)、広告宣伝費などのコストを予算化したもの。他の予算と比較して外部環境の影響を受けにくく、予算と実績の差異が明確に出やすい特徴があります。④ 原価予算商品やサービスを提供するために必要な材料費、仕入れ費、製造コストなどの予算です。売上との連動性が高く、売上予算の変動に応じて柔軟に見直しが必要となる場合もあります。「部門別」「プロジェクト別」などの切り口も重要予算は、会社全体で1つ作るだけではなく、以下のように単位別に細分化することで、より精度の高い予実管理が可能になります。部門別予算(例:営業部、人事部、製造部 など)プロジェクト別予算(例:新規事業、キャンペーン、R&D など)商品別予算(例:商品A、商品B別の原価・売上 など)細分化することで、差異がどこで生じているのかを具体的に把握できるようになります。KPIとのひも付けで「行動に落とし込める予算」へ予算を設計する際は、最終的な売上や利益の数値だけでなく、*その達成に向けたKPI(重要業績評価指標)*を設定することも重要です。例:営業部門:受注件数、商談数、訪問回数などカスタマーサポート部門:1件あたり対応時間、CSAT(顧客満足度)などこうしたKPIを設定することで、「どんな行動をすれば予算を達成できるのか」が見えるようになり、現場でのマネジメントや差異分析が格段にやりやすくなります。予算設計の際に気をつけたい3つのポイント昨年度の実績に頼りすぎない → 過去の延長ではなく、環境変化・戦略目標を踏まえた設計を。達成可能でストレッチな目標設定を → 高すぎる予算は現場の士気を下げ、低すぎる予算は惰性につながります。予算編成の裏づけを明文化する → 前提(人員数、施策内容、稼働想定など)を明文化することで、後の差異分析がスムーズになります。この章では、予実管理を始めるために必要な「予算」の全体像を整理しました。次章では、実際の予実管理プロセスがどのように進められるかを、ステップごとに解説していきます。予実管理の代表的な運用プロセス予実管理は、「予算を立てる → 実績と比較する → 差異を分析し、改善につなげる」という一連のプロセスによって構成されています。この章では、現場で実践するための基本的な流れを3つのステップに分けて解説します。ステップ①:予算を立てるまず最初に行うのが、企業や部門として達成すべき目標を数値化し、予算として設定することです。売上や利益、各種コストといった数値目標だけでなく、それらを実現するためのKPIも含めて設計することが望ましいです。予算を立てる際は、前年の実績や市場環境の変化、自社の成長戦略などをもとに、過不足のない数値を設定することが重要です。また、現場の実情や経営の意思を反映した上で、部門別・プロジェクト別に落とし込んでいくことが、後の予実比較や課題分析を円滑にします。ステップ②:実績と比較する次に、実際の業務で生じた数値(実績)を、予算と定期的に比較していきます。比較の頻度は月次が一般的ですが、事業のスピードや管理レベルに応じて週次なども検討されます。比較にあたっては、売上や費用の全体像だけでなく、部門別・商品別・施策別といった視点でも分解して把握することが大切です。特に重要なのは、売上が順調に見えても、コストの増加によって利益が圧迫されていないかなど、全体のバランスを見ることです。実績データは会計システムや販売管理システムなどから取得し、予算と同じ単位や構造で整理することで、比較がしやすくなります。ステップ③:差異を分析し、対策を実行する予算と実績の間に差異が生じた場合、その理由を明確にするための差異分析を行います。この分析によって、想定外のコストが発生した、売上単価が下がった、販売数が伸び悩んでいる、などの要因を特定します。差異の原因が明らかになったら、次はその対策を検討・実行する段階です。たとえば広告費の配分を見直したり、販売促進策を強化したりと、状況に応じたアクションを取りましょう。また、予実差異とその要因は、部門内にとどめず関係部署や経営陣とも共有することが重要です。これにより、会社全体での軌道修正が可能になります。予実管理はこのように、目標(予算)に対して現状(実績)がどうなのかを明らかにし、課題があれば迅速に対処するための仕組みです。毎月の業務として継続的に行うことで、計画の精度や経営の柔軟性が高まり、組織全体の健全な運営につながります。エクセルで始める予実管理──テンプレート設計の基本予実管理は専用ツールを使わなくても、Excelで手軽に始めることができます。特に導入初期や少人数の組織では、自由度が高く柔軟に設計できるExcelが有効です。この章では、Excelで予実管理を行うための基本的な考え方や、実務で使えるテンプレート設計のポイントを解説します。予実管理表の基本構造Excelで予実管理を行う際は、まず「損益計算書(P/L)」の形式をベースに設計するのが一般的です。売上から始まり、売上原価、販管費を経て、営業利益や経常利益までを表示する構造が基本になります。加えて、管理対象を明確にするために、部門別、商品別、プロジェクト別などの切り口でシートを分けたり、列で管理単位を設けたりすることも有効です。自社の組織体制や予算単位に合わせて柔軟に構成しましょう。損益データの単位を統一するExcelで予実管理を行う際にありがちな落とし穴のひとつが、「予算と実績の集計単位が異なる」ことです。たとえば、予算は商品別、実績は部門別で集計されている場合、比較が難しくなります。あらかじめ損益データの単位や粒度(たとえば「月次」「商品別」「税込/税抜」など)を揃え、数値を横並びで比較できるようにしておくことが大切です。実務で使えるシート設計のポイント以下は、Excelで予実管理テンプレートを設計する際の実務的なポイントです。当月単体と、累計の両方を表示する → 短期の変動と、年間の進捗を同時に把握できる構成にする差異金額と予算比率(%)を自動計算する → 数式を組み込んで、入力ミスなく差異の大きさを見える化する前年度データも参照できるようにする → トレンドや季節性を把握しやすくなる間接部門の費用は配賦しておく → 売上を持たない部門のコストも事業全体に反映できるようにするシンプルで誰が見ても理解できるフォーマットを意識する → 色分けや罫線などを工夫し、担当者が変わっても引き継ぎやすくするまた、作成したテンプレートには、基本的な入力ルールや注意点を簡単なマニュアルとして添えておくと、他のメンバーが利用・更新しやすくなります。実績データの入力と更新フロー毎月の実績は、会計ソフトや販売管理システムなどから抽出した数値を、定めたフォーマットに貼り付ける形で更新します。このとき、必要に応じてVLOOKUPやINDEX関数などを使い、集計作業を効率化すると作業負担が減ります。実績入力のフローはシンプルであればあるほど継続しやすくなるため、はじめの段階ではあえて自動化をし過ぎず、「手動でも確実に動く」仕組みを意識しましょう。Excelによる予実管理は、柔軟性が高い一方で属人化しやすいというリスクもあります。運用しながら定期的に構造を見直し、必要に応じて他メンバーとフォーマットや手順を共有することで、継続的に使える管理体制が整います。スムーズな導入のための体制づくりと社内ルール予実管理は、単にテンプレートやツールを整えるだけでは継続できません。実際の現場で予実管理を定着・運用させるためには、「どの部門が、いつ、何をするのか」という体制とルールを事前に設計しておくことが非常に重要です。この章では、予実管理をスムーズに導入・定着させるために必要な基本的な考え方や、実務上の工夫について解説します。役割と責任の明確化予実管理には複数の部門が関与します。例えば、予算の策定には経営企画部や各事業部門、実績の収集には経理部、進捗の確認には現場マネージャーや営業部門などが関わります。そのため、導入時には以下のように役割を整理しておくとよいでしょう。経営企画:全社の予算設計、運用ルールの設計、会議体の主催各部門責任者:自部門の予算立案、実績報告、差異分析と対策案の提出経理・管理部門:実績データの取りまとめ、予実の突合と整合性確認情報システム:必要に応じたExcelツールの整備や会計システム連携特に、「誰が差異の原因を分析し、対策を考えるのか」が曖昧になると、予実管理は“数字を見て終わり”になりがちです。運用初期の段階で、レポート提出者と意思決定者を明確にしておくことが重要です。管理サイクルの設定予実管理は定期的に繰り返すことで、その効果を最大限に発揮します。そのため、あらかじめ「いつ」「何を」「誰が」やるのか、月次などのサイクルに組み込んでおくことが欠かせません。たとえば、以下のようなスケジュールをあらかじめ社内で設定しておくと、安定した運用につながります。毎月5日:経理部が前月の実績を確定・共有毎月10日:各部門が予実差異のコメントを提出毎月15日:経営会議で予実報告と今後の対応方針を決定こうしたスケジュールが組織全体で共有されていることで、予実管理は単なる数字管理ではなく「組織の意思決定の土台」として機能します。引き継ぎ・マニュアル整備予実管理は継続的に行う業務であるため、属人化を防ぐためにも、シンプルなマニュアルや引き継ぎ資料を整備しておくことが推奨されます。マニュアルに含めておきたい内容は以下の通りです。フォーマットの入力ルール(数値の単位、色分けなど)データ更新の手順(会計ソフトからのダウンロード方法など)勘定科目や部門コードが変更になった際の対応方法予算・実績データの提出期限や担当者一覧Excelで運用する場合でも、「どこに何を入力すれば良いか」が分かるコメントやサンプル行を設けるだけで、初めての担当者でも安心して使うことができます。社内浸透のための工夫予実管理は、一部の管理部門だけが行うものではなく、現場のメンバーも含めた全社的な取り組みです。そのため、「予実管理は経営にとって重要である」というメッセージを社内で明確に共有することが必要です。たとえば以下のような工夫が効果的です。月次会議で部門長自らが予実の振り返りを発表差異の改善につながった取り組みを社内で称賛・表彰KPIや予算進捗の共有を部門内チャットや社内ポータルで見える化このように、単なる数値の管理から、日々の業務改善や目標達成の動機づけにつなげていくことで、予実管理の仕組みは組織に根付きやすくなります。予実管理システムの活用とExcelの限界予実管理はExcelでも十分に実践できますが、組織の規模や業務の複雑さが増すにつれて、「手間がかかる」「正確性が保てない」「属人化してしまう」といった課題が出てくることもあります。この章では、Excel管理の限界を整理した上で、予実管理システムを導入するメリットや選定のポイントについて解説します。Excel管理の限界とは?まず、Excelで予実管理を運用する中で多くの企業が直面する課題を整理しておきましょう。データの手入力によるミスや確認漏れ 手作業が多くなればなるほど、数値の転記ミスや計算式の壊れなどが起きやすくなります。複数人での同時編集が難しい 担当者が増えるほど、バージョン管理や修正の反映に混乱が生じやすくなります。運用の属人化と引き継ぎの難しさ 関数や構造が複雑化するにつれ、「作った人しかわからない」状況に陥りやすくなります。リアルタイムでの情報共有が難しい 経営陣や他部門との情報共有にタイムラグが発生し、迅速な意思決定に支障をきたすこともあります。データ連携や更新作業に時間がかかる 会計システムや販売管理システムから実績データを手作業でコピーする運用では、更新のたびに負荷が大きくなります。このような課題は、一定以上の規模やスピード感を求められる組織にとって、見過ごせない業務リスクとなります。予実管理システムの主なメリットこうしたExcelの限界を補うために、多くの企業では予実管理専用のシステムやクラウドサービスを活用し始めています。予実管理システムの導入によって得られる主なメリットは以下の通りです。会計データとの自動連携で実績反映が迅速に 基幹システムから売上・費用などの実績データを自動で取り込み、タイムラグを解消できます。差異分析やレポート出力がワンクリックで可能に 複雑な数式や手作業なしで、グラフや表による可視化が自動的に行えます。ユーザーごとに編集・閲覧権限を設定できる 管理部門と現場で適切に役割を分担でき、業務分散が可能になります。複数部門・複数プロジェクトの統合管理がしやすい 部門別や事業別の収支情報を自動的に集約し、組織横断での管理が実現します。将来の予測やシナリオ分析にも対応可能 一部のシステムでは、過去の実績やKPIから今後の着地見込みをシミュレーションする機能も備わっています。こうした機能により、単なる予実の確認にとどまらず、「経営判断のスピードと精度を高めるツール」として活用することができます。システム導入の判断ポイントとはいえ、すべての企業がシステムを導入すべきとは限りません。以下のような基準をもとに、自社の状況に応じて導入の可否やタイミングを検討するとよいでしょう。管理する部門数やプロジェクト数が多い月次での集計・分析に2日以上かかっている数字の整合性チェックに毎回時間がかかっている経営会議でリアルタイムの数値を使った議論ができていない管理会計の精度を高めたい(例えば原価・KPI・利益別など)導入の際には、Excelベースの運用経験がしっかりあると、システム構築の際に「どういう画面が必要か」「どういう切り口で集計したいか」といった要求を明確に伝えることができます。また、システム導入後もExcelを併用しながら段階的に移行することで、現場への負担を減らし、スムーズな運用が可能になります。Zaimo.aiの関連機能の紹介Zaimo.aiでは売上高やコストを詳細にブレイクダウンし、KPIベースでの事業計画作成や予実管理が可能です。ぜひお試しください。Zaimo.aiのご利用はこちらからまとめ:予実管理を始めるための第一歩ここまで、予実管理の基本的な考え方から実践方法、社内体制づくり、ツール選定までを一通り解説してきました。最後に、実務で予実管理を始めるにあたっての「第一歩」として意識しておきたいポイントをまとめます。予実管理は「完璧」より「継続」が大切予実管理をはじめて導入する際、多くの方が「正確に作らなければ」と構えてしまいがちです。しかし、最初から完璧な体制や仕組みを作ることは現実的ではありません。大切なのは、小さく始めて、継続することです。たとえば以下のような形からでも十分にスタートできます。営業部門の売上予算と実績だけを毎月確認するExcelで簡単なテンプレートを作って、差額と予算比率を出す上司やチーム内で、数字を共有するだけでもよい習慣になる数字に向き合い、差異を把握し、次のアクションに活かす。このサイクルが日常業務の中で自然に回るようになれば、それがすでに「予実管理」の第一歩です。全社最適を見据えた改善へ慣れてきたら、部門間の連携、プロジェクト別管理、KPIとの連動など、より高度な管理へと発展させていくことができます。予実管理は、単なる会計作業ではなく、経営や現場をつなぐ“共通言語”です。業績を正しく把握し、課題を早期に見つけ、組織として柔軟に対応していく。その土台となる予実管理を、自社に合った形で少しずつ育てていきましょう。