ミラノ風ドリア300円。原材料もエネルギーも人件費も上がる中、サイゼリヤは価格を据え置いている。松谷秀治社長は日本経済新聞の取材で「値上げしない方針は変わっていない」と明言した。多くの外食チェーンが値上げに踏み切る中で、この方針は異質だ。しかし、値上げしなければ利益が出ないのではないか。FY2024(2024年8月期)の決算を見ると、連結の営業利益は148億円(前期比+105.8%)と過去最高を記録している。値上げせずに利益を倍増させた。その裏側にあるのが、自社工場で食材を製造し店舗に直接供給する「製造直販」の仕組みと、国内とは異なる価格設定が可能なアジア事業の利益構造だ。内訳を見ると構造が鮮明になる。国内事業の営業利益は27億円(営業利益率1.9%)。アジア事業の営業利益は116億円(営業利益率14.6%)。連結営業利益の約78%がアジア事業から生まれている。「値上げしない」国内では製造直販とオペレーション改革で薄利を維持し、価格差を活かせるアジアで利益率を確保する。同じブランドでありながら地域ごとにPLの役割を分けている点が、サイゼリヤの管理会計の最大の特徴だ。本記事では、サイゼリヤの管理会計を価格制約型のPL設計、製造直販、店舗作業の削減、アジア事業の利益構造の4つの視点から解剖する。出典:https://www.saizeriya.co.jp/files/524q%E6%B1%BA%E7%AE%97%E7%9F%AD%E4%BF%A1-3%E5%85%A8%E6%96%874.pdfhttps://www.saizeriya.co.jp/files/524q%E6%B1%BA%E7%AE%97%E8%AA%AC%E6%98%8E%E8%B3%87%E6%96%99-%E7%A4%BE%E5%A4%96%E7%94%A85.pdf1. 「値上げしない」という価格制約の中でPLを設計するサイゼリヤの管理会計を理解する上で最も重要なのは、「値上げしない」という経営判断がPL全体の設計を規定しているという点だ。2022年以降、原材料価格とエネルギーコストが高騰する中、すかいらーくやロイヤルホストをはじめ多くの外食チェーンが値上げに踏み切った。しかしサイゼリヤは価格を据え置いた。冒頭で触れた松谷社長の「値上げしない方針」は、単なるスローガンではなく、PLの設計思想そのものだ。価格を上げられない以上、利益を改善する手段は「原価を下げる」「販管費を下げる」「販売量を増やす」の3つしかない。サイゼリヤはこの3つすべてに取り組んでいる。原価については自社工場による製造直販で中間マージンを排除し、販管費についてはコミッサリー(セントラルキッチン)とDXによる店舗作業の削減で対応し、販売量については低価格を維持することで競合から顧客を獲得している。日本経済新聞の報道によれば、FY2024の国内既存店客数は前年比で増加傾向にある。「すかいらーくホールディングスなど同業他社で値上げが相次ぐ中でも低価格を維持し既存店客数が伸びた」と報じられており、競合の値上げがサイゼリヤへの顧客流入を促している構図が見える。「値上げしない」は単なるコスト吸収の問題ではなく、競合環境の中で客数を獲得するための戦略的な選択でもある。この構造はダイソーの「100円制約」やコストコの「粗利率約11%の制約」と同じ思想だ。制約を前提として受け入れ、その制約の中でPL全体を再設計する。ダイソーの制約は「価格」に、コストコの制約は「利益率」に、サイゼリヤの制約は「値上げしない」という経営判断にかかっている。参照日本経済新聞「サイゼリヤ 15年ぶり営業最高益 低価格維持で客足伸ばす」:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG069530W5A100C2000000/サイゼリヤ 2024年8月期決算短信:https://www.saizeriya.co.jp/files/524q%E6%B1%BA%E7%AE%97%E7%9F%AD%E4%BF%A1-3%E5%85%A8%E6%96%874.pdf2. 製造直販 ─ 外食チェーンが「製造業」になるサイゼリヤが「値上げしない」を実現できる最大の理由は、外食チェーンでありながら「製造業」の機能を持っている点にある。サイゼリヤ公式サイトでは、自社の仕組みを「製造直販」と呼んでいる。原材料の調達から加工、物流、店舗での提供までを一貫して自社グループ内で管理する垂直統合型のモデルだ。一般的な外食チェーンは、食材メーカーや卸売業者から加工済みの食材を仕入れる。この流通過程で中間マージンが発生し、それが原価に上乗せされる。サイゼリヤは自社工場で原材料から食材を製造し、店舗に直接供給することで、この中間マージンを排除している。サイゼリヤ公式サイトによれば、この製造直販を支えるのが「計画生産」だ。「長年販売している人気商品を中心に品揃えしています。こうした商品は販売数が安定しているため、予測しやすく、原料の調達や食材の生産をあらかじめ計画することができます」と説明されている。定番メニューを中心にすることで需要予測の精度を高め、計画的に大量生産する。「必要な量を、必要なタイミングでつくる」ことで、生産から配送、店舗提供まで無駄のないプロセスを実現している。本シリーズでニトリを「製造物流IT小売業」と紹介したが、サイゼリヤは言わば「製造物流外食業」だ。両社とも、製造工程を自社に取り込むことで中間マージンを排除し、品質と価格のコントロールを自社の手に取り戻している。ただし、ニトリが「家具」という耐久消費財を扱うのに対し、サイゼリヤは「食材」という生鮮品を扱う点で、計画生産と物流の難易度が根本的に異なる。加えて、サイゼリヤは原材料の一部を自社で生産している点も特徴的だ。福島工場にはレタスの育苗工場が併設されており、契約農家に苗を供給し、収穫されたレタスをサイゼリヤのサラダ用に集荷・出荷する仕組みを構築している。ワインについてもイタリアで専用のタンクを使い、サイゼリヤ専用のワインを醸造している。原材料の調達から加工、物流、店舗提供までの一貫管理は、外食チェーンとしては異例の垂直統合度だ。この垂直統合がもたらす管理会計上の最大の効果は、原価の「変動を抑えられる」点にある。一般的な外食チェーンは食材市場の価格変動の影響を直接受けるが、自社で生産・加工する部分については市場価格の変動を一定程度吸収できる。「値上げしない」を実現するためには、原価の安定が不可欠であり、製造直販はその安定性を構造的に担保する仕組みだ。参照サイゼリヤ公式「自社工場の取り組み」:https://www.saizeriya.co.jp/concept/product-creation-philosophy/factory/Funda Navi「コストリーダーシップ戦略」:https://navi.funda.jp/article/cost-leadership-strategy3. コミッサリーで店舗作業を削減する ─ 店舗を「提供の場」に変える製造直販が「原価を下げる」仕組みだとすれば、コミッサリー(セントラルキッチン)は「販管費を下げる」仕組みだ。外食チェーンの販管費の大部分は店舗の人件費が占める。店舗での調理工程が多ければ多いほど、必要な人員は増え、人件費は膨らむ。サイゼリヤはこの問題に対し、調理工程を工場に集約し、店舗での作業を極限まで減らすアプローチを取っている。決算短信では「コミッサリー機能による店舗作業削減」を収益力強化の柱として明記している。店舗を「調理する場」から「提供する場」に変えることで、1店舗あたりの必要人員を減らし、販管費率を改善する。この発想は、Salesforceの「The Model」が営業プロセスを分業したのと構造的に近い。The Modelが「リード獲得→育成→商談→カスタマーサクセス」を分業したように、サイゼリヤは「食材加工→調理→提供→会計」のプロセスを分業し、それぞれを最も効率的な場所(工場 or 店舗 or セルフ機器)に配置している。FY2024の決算説明資料では、国内事業の販管費率が前年比5.5ポイント改善したことが報告されている。売上原価率は2.4ポイント悪化しているが、販管費率の改善がそれを上回り、結果として国内事業は前期の14億円の営業損失から27億円の営業利益へと黒字転換した。値上げせずに黒字化を実現した背景には、このコミッサリーとDXによる店舗作業の構造的な削減がある。注目すべきは、原価率が悪化しているにもかかわらず黒字転換を果たしている点だ。原材料価格の高騰により原価率が上昇することは、「値上げしない」を選択した以上、構造的に避けられない。サイゼリヤはこの原価率の悪化を、販管費率の改善で上回ることで吸収した。「原価は上がっても、それ以上に販管費を下げる」という発想は、トヨタの原価企画が「設計段階でコストを作り込む」のと同様に、PLの管理ポイントを明確に定めた経営管理だ。参照サイゼリヤ 2024年8月期決算短信:https://www.saizeriya.co.jp/files/524q%E6%B1%BA%E7%AE%97%E7%9F%AD%E4%BF%A1-3%E5%85%A8%E6%96%874.pdfサイゼリヤ 2024年8月期決算説明資料:https://www.saizeriya.co.jp/files/524q%E6%B1%BA%E7%AE%97%E8%AA%AC%E6%98%8E%E8%B3%87%E6%96%99-%E7%A4%BE%E5%A4%96%E7%94%A85.pdf4. アジア事業が利益の柱 ─ 同じブランド、異なる価格のPL構造サイゼリヤの管理会計で最も注目すべきは、同じブランドでありながら地域によってPL構造が根本的に異なる点だ。国内事業は売上規模ではアジアの約1.8倍だが、営業利益ではアジアの約4分の1にすぎない。営業利益率で見ると、国内の1.9%に対しアジアは14.6%と7倍以上の差がある。この差の主因は価格設定にある。日本ではミラノ風ドリアが300円で提供されているが、シンガポールや香港など物価水準が日本より高い市場では、現地の物価に合わせた価格設定が可能だ。同じ商品を同じ品質で提供していても、現地の物価水準に応じて1皿あたりの粗利が大きくなる。一方で、オーストラリア工場を中心とした製造拠点からアジア各国に食材を供給する仕組みにより、原価は日本と大きく変わらない水準に保たれていると考えられる。つまり「原価は共通、価格は現地水準」という構造が、アジア事業の高い利益率を生んでいる構図だ。さらに、オーストラリア工場からアジア各国に食材を供給する製造拠点戦略も利益率に寄与していると考えられる。豪州セグメント(売上高108億円、営業利益4.7億円)は「サイゼリヤで使用する食材の製造等を行っており」と決算短信に記載されており、食材の製造拠点としての役割を担っている。この「同じブランド、異なる価格」の構造は、管理会計上、興味深い示唆を持つ。国内事業は「値上げしない」制約の中で薄利の運営を続けながら客数を維持し、アジア事業は現地物価に合わせた価格設定で利益率を確保する。グループ全体で見れば、国内事業の「集客装置」としての役割とアジア事業の「利益装置」としての役割が、補完的に機能している構造だ。FY2025(2025年8月期)の業績予想では、売上高2,536億円(+12.9%)、営業利益166億円(+11.7%)と、引き続き増収増益を見込んでいる。アジア事業の店舗拡大が成長の牽引役となっている。アジアの店舗数は上海164、広州186、北京65、香港62、台湾21、シンガポール33の計531店舗(2024年8月末時点)で、中国本土だけで415店舗に達している。サイゼリヤはベトナム進出のための100%子会社も設立しており、アジアでの店舗ネットワークをさらに拡大する方針だ。参照サイゼリヤ 2024年8月期決算説明資料:https://www.saizeriya.co.jp/files/524q%E6%B1%BA%E7%AE%97%E8%AA%AC%E6%98%8E%E8%B3%87%E6%96%99-%E7%A4%BE%E5%A4%96%E7%94%A85.pdfサイゼリヤ 2024年8月期決算短信:https://www.saizeriya.co.jp/files/524q%E6%B1%BA%E7%AE%97%E7%9F%AD%E4%BF%A1-3%E5%85%A8%E6%96%874.pdfまとめ ─ 「値上げしない」管理会計管理会計とは、自ら課した制約の中で利益構造を設計する技術だ。ダイソーは「100円」、コストコは「粗利率約11%」、サイゼリヤは「値上げしない」。制約の種類は異なるが、制約を前提としてPL全体を再設計するという思想は共通している。サイゼリヤの場合、その再設計は3層構造になっている。第1層は「製造直販」による原価の削減。第2層は「コミッサリーとDX」による販管費の削減。第3層は「アジア事業」による利益率の確保。国内事業だけでは営業利益率1.9%と薄利だが、この3層が組み合わさることで、連結の営業利益率は6.6%に達している。外食チェーンが「製造業」になることで中間マージンを排除し、店舗を「提供の場」に再定義することで人件費を削減し、海外市場で価格差を活かして利益を確保する。サイゼリヤの管理会計は、「値上げしない」という制約をPL設計の出発点に据えた、制約駆動型の経営管理だと考えられる。免責事項本記事は、株式会社サイゼリヤの決算短信、決算説明会資料、公式WEBサイト、公開済み報道記事等の公開情報を基に、同社の経営管理の考え方を整理・考察したものです。記載内容は一般的な情報提供および学習の補助を目的としており、株式会社サイゼリヤまたはその関連会社による公式な見解・手続・社内文書を示すものではありません。正確性・完全性・最新性について保証するものではなく、本記事の情報に基づく意思決定・行動によって生じたいかなる損害についても責任を負いません。Zaimo株式会社ご紹介Zaimo株式会社は、「経営の力をすべての人に。」をミッションに掲げ、2023年1月に設立されたAIスタートアップ。東京都渋谷区を拠点に、AIネイティブな経営管理プラットフォーム「Zaimo.ai」の開発・提供を行っています。 代表の古城巧は、Barclays証券での株式アナリスト、Roland Bergerでの戦略コンサルタント、ベンチャーキャピタルSTRIVEでの投資業務を経て創業。ファイナンス・経営戦略・AIの三領域を横断する専門性を持ち、「経営管理の民主化」を実現するプロダクト開発を牽引。 これまでの経営管理は、一部の専門人材やExcel職人に依存した属人的な仕組みが課題でした。Zaimo.aiは、AIと財務管理の掛け合わせにより、スタートアップから中〜大企業まで、あらゆる組織が「全員経営」を実現できる世界を目指しています。会社概要情報はこちらhttps://lp.zaimo.ai/