売上高608億ユーロ(約10兆円)。営業利益率18.4%。190カ国以上で事業を展開し、毎日34億人が同社の製品を使う。ユニリーバは世界最大級の消費財企業だ。Dove、LUX、Knorr、Magnum。ユニリーバが保有するブランドは数百に及ぶ。しかし2023年にCEOに就任したハイン・シューマッハ氏(2025年3月退任)が打ち出した「Growth Action Plan(GAP)」の核心は、「やることを減らし、より良く、より大きなインパクトで(fewer things, better, with greater impact)」だ。数百のブランドのうち、成長と利益に最も貢献する30の「Power Brands」に経営資源を集中する。この30ブランドが売上の75%超を占め、全社の成長を牽引する。ユニリーバの管理会計が示しているのは、PLを「読む」だけでなく「能動的に設計する」という姿勢だ。何に投資し、何を手放すか。成長を数量と価格に分解し、どちらで伸ばすかを設計する。PLに責任を持つ人を明確にし、44人のPLオーナーに権限と説明責任を持たせる。本記事では、ユニリーバの管理会計をPower Brands戦略による経営資源の集中、USG(Underlying Sales Growth)の2変数分解、ポートフォリオの「足し算と引き算」、Finance Business Partneringの組織設計、粗利率を起点とした経営サイクル、44人のPLオーナーによる説明責任の6つの視点から解説する。出典:https://www.unilever.com/news/press-and-media/press-releases/2025/improved-performance-led-by-volume-growth-and-gross-margin-expansion/https://www.unilever.com/investors/why-invest-in-unilever/1. 30 Power Brands ─ 「何に集中するか」をPLで選ぶユニリーバの管理会計の起点は、「どのブランドに経営資源を集中するか」の判断にある。ユニリーバは数百のブランドを保有しているが、そのすべてに均等に投資しているわけではない。2023年のGrowth Action Plan(GAP)で、全社のブランド群から30の「Power Brands」を選定し、ここに投資を集中させる方針を明確にした。Power Brands vs その他のブランドFY2024では、Power BrandsのUSGが+5.3%(数量+3.8%)であるのに対し、残りのブランド群は上期にマイナス成長だった。売上の75%を稼ぐ30ブランドが全社の成長を牽引し、残りの25%は成長への貢献が限定的だ。この「選択と集中」が管理会計上持つ意味は大きい。ブランド・マーケティング投資はFY2024に売上の15.5%に達し、10年超ぶりの高水準となった。2023年以降の累計で約15億ユーロの追加投資が行われている。この巨額の投資を数百のブランドに薄く広く撒くのではなく、30のPower Brandsに集中させることで、1ブランドあたりの投資額を最大化している。シューマッハ氏(当時CEO)はFY2024の決算で「Under the Growth Action Plan, we committed to doing fewer things, better and with greater impact(やることを減らし、より良く、より大きなインパクトで)」と述べている。「より多くのブランドに投資する」のではなく「より少ないブランドに、より大きく投資する」。この逆説的な判断が、Power BrandsのUSG +5.3%という成果につながっている。参照Unilever FY2024 Full Year Results:https://www.unilever.com/news/press-and-media/press-releases/2025/improved-performance-led-by-volume-growth-and-gross-margin-expansion/Unilever "Why invest in Unilever":https://www.unilever.com/investors/why-invest-in-unilever/2. USG = Volume × Price ─ 売上成長を2変数に分解するユニリーバのPL管理で特徴的なのは、売上成長をUSG(Underlying Sales Growth:既存事業売上成長率)という指標で管理し、これを数量成長(UVG)と価格成長(UPG)の2つに常に分解している点だ。FY2024のUSGは+4.2%。内訳は数量+2.9%、価格+1.3%だ。この分解は一見単純だが、管理会計上の意味は深い。FY2023→FY2024のUSG構成の変化FY2023のUSG +7.0%は一見好調だが、その大半は価格上昇によるものであり、数量成長はほぼ横ばいだった。つまり「値上げで売上が伸びたが、実際に売れた量はほとんど増えていない」状態だった。FY2024では数量が+2.9%のプラスに転じ、4四半期連続で+2%以上の数量成長を達成した。価格の寄与は+1.3%に低下したが、売上成長の「質」は大幅に改善した。この「数量で伸びているのか、価格で伸びているのか」の分解は、PLの健全性を判断する上で極めて重要だ。価格主導の成長は、インフレ環境では容易に達成できるが、消費者の購買量が減っていれば持続可能性に疑問が残る。数量主導の成長は、消費者がより多く買っていることを意味し、ブランドの競争力が維持・向上していることを示唆する。ユニリーバはこのUSGの分解を、全社だけでなく5つのビジネスグループ(Beauty & Wellbeing、Personal Care、Home Care、Nutrition、Ice Cream)ごとに開示している。経営陣はこの分解を通じて「どの事業が数量で伸びていて、どの事業が価格に依存しているか」を把握し、投資配分の判断に活用している。参照Unilever FY2024 Full Year Results:https://www.unilever.com/news/press-and-media/press-releases/2025/improved-performance-led-by-volume-growth-and-gross-margin-expansion/Unilever FY2023 Full Year Results:https://www.unilever.com/news/press-and-media/press-releases/2024/implementing-growth-action-plan-at-pace/3. ポートフォリオの「足し算」と「引き算」─ PLの構成を能動的に入れ替えるユニリーバの管理会計におけるもう1つの特徴は、ブランドポートフォリオを「能動的に」入れ替えている点だ。FY2024だけでも、複数の大きなポートフォリオ変更が行われた。FY2024のポートフォリオ変更アイスクリーム事業の分離は、2025年末の完了を目指して進行中だ。アイスクリームは売上約79億ユーロの大きな事業だが、季節変動が大きく、冷凍物流という特殊なサプライチェーンを持つ。他の4事業(Beauty & Wellbeing、Personal Care、Home Care、Nutrition)とはPLの特性が異なるため、一緒に管理すると全社の経営資源配分が最適化されにくい。分離することで、残るユニリーバは「4つの同規模のビジネスグループ」としてシンプルになり、経営資源の集中と説明責任の明確化が進む。同時に、売却と買収を通じてポートフォリオの「質」を入れ替えている。成長性の低いブランド(Elida Beauty、Dollar Shave Club等)を売却し、そこで得た資金と経営の注意を、高成長・高粗利のプレミアムセグメント(K18等)に振り向ける。FY2024の決算では「Beauty & WellbeingとPersonal Careの2つで売上の約3分の2を目指す」「プレミアムポートフォリオを売上の約半分に引き上げる」という中期目標が示されている。このポートフォリオの入れ替えは、PLの構成比を能動的に設計する行為だ。多くの企業では、PLの構成比は事業の成長結果として「自然に」決まる。ユニリーバは、買収・売却・分離を通じて、PLの構成比を「意図的に」変えている。粗利率の高いプレミアムブランドの構成比を上げることで、全社の粗利率を構造的に改善する。FY2024の粗利率45.0%(+280bps、過去10年で最高)は、この能動的なポートフォリオ設計の結果だと考えられる。参照Unilever FY2024 Full Year Results:https://www.unilever.com/news/press-and-media/press-releases/2025/improved-performance-led-by-volume-growth-and-gross-margin-expansion/Unilever "Why invest in Unilever":https://www.unilever.com/investors/why-invest-in-unilever/4. Finance Business Partnering ─ ファイナンスを「事業の中に埋め込む」組織設計ユニリーバがPower Brands戦略やUSG分解、ポートフォリオの入れ替えを実行できるのは、ファイナンス部門が「数字を集計する部門」ではなく「事業の意思決定に入り込むパートナー」として設計されているからだ。ユニリーバの公式採用ページでは、ファイナンスの役割を次のように説明している。「Finance at Unilever is more than numbers. We are strategic partners across the business — providing insights, managing risk, and guiding investment decisions that unlock growth and long-term value.(ユニリーバのファイナンスは数字以上のものだ。事業全体の戦略パートナーとして、インサイトを提供し、リスクを管理し、成長と長期的な価値を生む投資判断をガイドする)」。さらに「We are embedded in every part of the organisation(組織のあらゆる部分に組み込まれている)」と明記されている。一般的なファイナンス部門 vs ユニリーバのFinance Business Partneringユニリーバのファイナンス部門がカバーする領域は、一般的な経理・財務の範囲を大きく超えている。「ブランド拡大」「顧客開発」「サプライチェーンオペレーション」「グローバル戦略」にまでファイナンスが関与する。190カ国以上の市場で、4つのビジネスグループにまたがってこの「Finance Business Partnering」が展開されている。ファイナンスが事業の「外側」から数字を管理するのではなく、事業の「内側」に入り込んで意思決定を支える。この設計が、Power Brands戦略やUSG分解、ポートフォリオの入れ替えといった経営判断を、数字の裏付けを持って実行することを可能にしている。この「事業に埋め込まれたファイナンス」という設計は、学術的にも注目されている。Sacred Heart UniversityのTarasovich & Lyonsによる研究論文「Finance Flies High: How Unilever Redesigned the Finance Function to Build a Sustainable Enterprise」では、ユニリーバが2005年以降に実施した「Finance of the Future」という5ステップの変革が分析されている。この変革では、ファイナンス部門の再定義、グローバルFinance Excellence Centerの設立、Finance Business Partnerの育成が柱となった。参照Unilever Careers "Finance":https://careers.unilever.com/en/financeBarbara M. Tarasovich & Bridget Lyons "Finance Flies High: How Unilever Redesigned the Finance Function":https://digitalcommons.sacredheart.edu/wcob_fac/72/5. 粗利率の経営サイクル ─ FP&Aが回す「粗利→投資→成長」のフライホイールユニリーバのFP&A機能が具体的に「何を管理しているか」を理解するには、粗利率を起点とした経営サイクルを見る必要がある。FY2024の粗利率は45.0%で、前期比+280bps改善した。この粗利率の改善は、単なるコスト削減の結果ではない。ユニリーバは粗利率の改善で生まれた余剰を、ブランド・マーケティング投資に再投入している。FY2024のブランド・マーケティング投資は売上の15.5%に達し、10年超ぶりの高水準となった。ユニリーバの「粗利→投資→成長」フライホイールこのサイクルの管理こそが、ユニリーバのFP&A機能の中核的な仕事だ。「粗利率がどれだけ改善したか」「その改善分をどこに投資するか」「投資した結果、数量がどれだけ伸びたか」「数量が伸びた結果、粗利率がさらに改善したか」。この4ステップのPDCAを、ビジネスグループごと、市場ごと、ブランドごとにモニタリングし、経営判断を支えている。フェルナンド・フェルナンデス氏(FY2024当時CFO、2025年3月よりCEO)はFY2024上期の決算発表で「We are accelerating our portfolio premiumisation to drive growth in the premium and super-premium segments(ポートフォリオのプレミアム化を加速し、プレミアム・スーパープレミアムセグメントの成長を推進している)」と述べている。プレミアム化はブランドの平均単価を上げると同時に、粗利率も改善させる。この「プレミアム化→粗利率改善→投資余力の拡大→さらなる成長」というサイクルを、FP&A組織が数字で裏付けながら回し続けている。参照Unilever FY2024 Full Year Results:https://www.unilever.com/news/press-and-media/press-releases/2025/improved-performance-led-by-volume-growth-and-gross-margin-expansion/6. 44人のPLオーナー ─ 「誰がPLに責任を持つか」を明確にする2025年1月、ユニリーバは新しい組織構造を稼働させた。その核心は「44人のPLオーナー」だ。ユニリーバの公式投資家向けページでは、新組織を次のように説明している。「24 Top Markets(売上の約85%)はビジネスグループが直接管轄し、end-to-end PL responsibilityを持つ。残りの100以上の小規模市場は『One Unilever』として一元管理し、スケールと効率性を追求する」。そして、「44人のPLオーナーがend-to-end accountabilityを持ち、すべての市場、カテゴリ、チャネルが精度、スピード、パフォーマンスの規律をもって管理される」と明記されている。新組織構造のPLへの影響この「44人のPLオーナー」という設計は、管理会計の観点から見ると「PLに名前をつける」行為だ。「誰がこのPLに責任を持つのか」を44のポジションで明確にする。PLオーナーは自分の担当する市場・カテゴリの売上、粗利、営業利益に対してend-to-endの説明責任を持つ。京セラのアメーバ経営が小集団ごとにPLを管理し、各アメーバのリーダーが利益に責任を持つ仕組みであるのと同様に、ユニリーバは44のPL単位で利益責任を明確化している。ただし京セラが数千のアメーバに分けるのに対し、ユニリーバは「44」という適度な粒度に設定することで、グローバル経営のスケールと個別管理の精度を両立させようとしている。売上608億ユーロの巨大企業において、「誰がPLの何に責任を持つのか」が曖昧であれば、投資判断も業績改善も遅くなる。44人のPLオーナーを明確にすることで、意思決定のスピードと説明責任の所在を同時に確保する設計だ。参照Unilever "Why invest in Unilever":https://www.unilever.com/investors/why-invest-in-unilever/Unilever FY2024 Full Year Results:https://www.unilever.com/news/press-and-media/press-releases/2025/improved-performance-led-by-volume-growth-and-gross-margin-expansion/まとめ ─ PLを「能動的に設計する」管理会計管理会計とは、PLを「読む」技術であると同時に、PLを「能動的に設計する」技術でもある。ユニリーバの管理会計は、PLの構成を意図的に変え続けている。30 Power Brandsに投資を集中し、売上成長をUSG(数量×価格)で分解して質を管理し、買収・売却・分離でポートフォリオの構成比を入れ替える。そしてこの一連の判断を支えるのが、事業のあらゆる部分に「埋め込まれた」Finance Business Partnerであり、粗利→投資→成長のフライホイールを回し続けるFP&A機能であり、44人のPLオーナーによる明確な説明責任の体制だ。FY2024の粗利率45.0%(過去10年で最高)、営業利益率18.4%(+170bps)、数量成長率+2.9%(4四半期連続+2%超)という結果は、この「能動的な設計」の成果だ。PLは事業活動の結果として自然に出来上がるものではなく、「何に集中し、何を手放し、誰に責任を持たせるか」を意思決定することで設計するものであることを、ユニリーバの事例は示していると考えられる。免責事項 本記事は、Unilever PLCの決算発表資料、公式WEBサイト、投資家向け情報、公開済み報道記事等の公開情報を基に、同社の経営管理の考え方を整理・考察したものです。記載内容は一般的な情報提供および学習の補助を目的としており、Unilever PLCまたはその関連会社による公式な見解・手続・社内文書を示すものではありません。正確性・完全性・最新性について保証するものではなく、本記事の情報に基づく意思決定・行動によって生じたいかなる損害についても責任を負いません。