売上高2,496億ドル。営業利益93億ドル。会員費収入48億ドル。世界の小売業で第3位の規模を誇るコストコの決算書には、一般的な小売業とは根本的に異なるPL構造が刻まれている。その異常さは粗利率に表れる。一般的なスーパーマーケットの粗利率は25〜35%、ウォルマートでも約24%。しかしコストコの粗利率はわずか約11%だ。原価とほぼ変わらない価格で商品を売っていることになる。では、コストコはどこで利益を出しているのか。答えは会員費だ。FY2024の営業利益93億ドルのうち、会員費収入は48億ドル。営業利益の約52%を会員費が占めている。商品で儲けるのではなく、会員費で稼ぐ。コストコの管理会計は、PLの「利益の源泉」そのものを再定義したモデルだ。本記事では、コストコの管理会計をマークアップ制限、会員費の利益構造、SKU管理、コスト構造の4つの視点から解説する。出典:https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000909832/000090983224000043/costex9918-k92624.htmhttps://investor.costco.com/news/news-details/2024/Costco-Wholesale-Corporation-Reports-Fourth-Quarter-and-Fiscal-Year-2024-Operating-Results/default.aspx1. 粗利率を約11%に抑える─粗利に上限を自ら課すコストコの管理会計で最も特徴的なのは、粗利率を「上げる」のではなく「制限する」点だ。一般的な小売業では、粗利率を高めることが利益改善の王道だ。仕入れを安くし、販売価格を高くすることで、1商品あたりの利益を最大化する。しかしコストコは逆だ。FY2024の粗利率はわずか約10.9%。一般的なスーパーマーケットの25〜35%、低価格戦略で知られるウォルマートの約24%と比較しても、際立って低い。この低さは「結果として低い」のではない。コストコは商品のマークアップ率(原価に対する上乗せ率)を低く抑える方針を一貫して維持しており、10年以上にわたって粗利率が10〜11%台で安定推移していることが、それを裏付けている。コストコと一般小売業の粗利率比較フロンティア・マネジメントの分析でも「コストコの損益構造の特徴は、売上総利益率(粗利率)の低さと販管費率の低さにある」と指摘されている。粗利率を「意図的に低く保つ」ことが、コストコの管理会計の出発点だ。仕入れコストが下がっても、浮いた分を利益に取り込むのではなく価格を下げて会員に還元する。この方針が、10年以上にわたって粗利率を約11%の水準に維持している。この低粗利率が管理会計に与える最大の影響は、「商品販売で大きな利益を出す」という選択肢を自ら封じている点だ。一般的な小売業では、特売品は薄利でも、他の商品で利益を回収する「ロス・リーダー戦略」が使われる。しかしコストコではすべての商品のマークアップが低いため、どの商品を売っても粗利は薄い。利益を商品販売から大きく取ることが構造的に不可能な以上、別の利益源泉。つまり会員費。が必要になる。低粗利率は、会員制モデルの「前提条件」として機能している。参照フロンティア・マネジメント「コストコはなぜ儲かっているのか」:https://frontier-eyes.online/costco_financial-statement/SEC 8-K FY2024決算:https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000909832/000090983224000043/costex9918-k92624.htm2. 会員費がPLの「利益の源泉」─商品は会員を維持するための「手段」粗利率11%で、どうやって利益を出すのか。その答えが会員費収入だ。FY2024のコストコの決算を見ると、営業利益93億ドルに対し、会員費収入は48億ドル。営業利益の約52%が会員費で構成されている。商品販売から得られる粗利は、店舗運営費(販管費)でほぼ消えてしまう。会員費がなければ、コストコの営業利益は半分以下になる。コストコの利益構造この構造が意味するのは、コストコにとって商品は「利益を生む目的」ではなく、「会員費を正当化するための手段」だということだ。会員が「年会費を払っても元が取れる」と感じるためには、商品価格が圧倒的に安くなければならない。だから粗利率を約11%に抑える。安さが会員の継続を促し、会員の継続が会員費収入を安定させる。この好循環を数字で裏付けているのが更新率だ。全世界で90.5%、米国/カナダでは92.9%。10人中9人以上が翌年も会員を継続している。しかも有料会員数は7,620万人で前年比+7.3%と増加を続けている。総カードホルダー数は1億3,680万人に達する。この更新率の高さは、コストコの管理会計において極めて重要な意味を持つ。会員費は年間一括払いであり、更新率が高ければ翌期の会員費収入がほぼ「確定済み」になる。コストコの更新率は「将来の会員費収入の予測可能性」を提供する。更新率90%超は、来期の会員費収入の9割がほぼ確実であることを意味する。会員費収入の会計上の特徴は、追加コストがほぼゼロである点だ。商品を1つ売るには仕入れ・物流・陳列のコストがかかるが、会員費は「入会する/しない」の判断だけで発生し、追加の変動費がない。会員費収入48億ドルは、ほぼそのまま利益に直結する。既存のSaaSツールなどのサブスクリプション収益が「契約期間にわたって売上が立つ」ストック型収益だったのと同様に、コストコの会員費も「毎年更新される」ストック型収益だ。ただし、SaaSなど解約リスクは「サービスの使い勝手」に依存するのに対し、コストコの更新率は「商品価格の安さ」という物理的な価値に支えられている。参照SEC 8-K FY2024決算:https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000909832/000090983224000043/costex9918-k92624.htmピース「なぜコストコは年会費を取るのか?」:https://www.growing-labo.com/report-costco/3. SKU約4,000 ─「売れるもの」だけに絞る在庫管理コストコの低粗利・高回転のP&Lを成立させているのが、極端に絞り込まれたSKU(品目数)管理だ。一般的なスーパーマーケットのSKUは1万〜数万点。しかしコストコの1倉庫店あたりのSKUは約4,000点。コンビニエンスストアとほぼ同じ水準だ。巨大な倉庫型店舗にもかかわらず、扱う品目数はコンビニ並みという逆説的な構造がここにある。SKU数と在庫管理の比較SKUを絞ることの管理会計上の効果は3つある。第一に、1SKUあたりの仕入量が圧倒的に大きくなる。同じ売上規模でもSKUが少なければ、1商品あたりの発注量は多くなる。これがメーカーに対する交渉力(バイイングパワー)を生み、仕入原価の引き下げにつながる。第二に、在庫管理が単純になる。数万点のSKUを管理するのと4,000点を管理するのでは、発注・在庫管理・棚割りのオペレーションコストが根本的に異なる。コストコの棚卸資産回転日数が約30日と短いのは、少ないSKUを高速で回転させているからだ。第三に、需要予測の精度が上がる。SKUが少なければ、各商品の販売データが厚く蓄積される。良品計画が定番品中心のSKU管理で予測精度を高めているのと同じ構造だが、コストコはさらに「そもそも取り扱わない商品を大量に排除する」ことで、管理対象そのものを減らしている。参照Funda Navi「コストコの儲けの仕組みを読み解く」:https://navi.funda.jp/article/costcoマネックス証券「コストコ・ホールセール」:https://media.monex.co.jp/articles/-/209434. 倉庫型店舗と販管費率9% ─コストを「構造的に発生させない」粗利率11%で利益を出すには、粗利率を上げるのではなく、販管費率をそれ以上に低く抑えるしかない。コストコの販管費率は約9%。一般的なスーパーマーケットやドラッグストアの20%前後と比較して半分以下だ。販管費率の比較この異常に低い販管費率は、「コスト削減の努力」ではなく、コストが構造的に発生しないビジネスモデルによって実現されている。まず、店舗は倉庫そのものだ。商品はパレットに載せたまま陳列され、内装・装飾は最小限。メーカーから届いた段ボールをそのまま積み上げる。一般的な小売店が店舗の「見栄え」に投じるコスト、棚割り、POP制作、ディスプレイ変更がほぼ発生しない。次に、広告をほぼ打たない。良品計画の広告宣伝費比率が約1〜1.5%と低いことは本シリーズで取り上げたが、コストコはそれ以上に広告に依存しない。会員制であるため、「不特定多数に来店を促す」必要がなく、既存会員への価値提供(=安さ)が最大の「広告」として機能している。さらに、SKUを4,000に絞っていることが、オペレーション全体を単純化している。商品の発注、検品、棚入れ、棚卸し、これらすべてのプロセスが、品目数が少ないことで効率化される。フロンティア・マネジメントの分析では「売上総利益率(粗利率)の低さと販管費率の低さ」がコストコの損益構造の特徴だと指摘されている。粗利率10.9%で販管費率9.1%。このわずか約1.8%の差分に商品販売の利益がある。そこに会員費48億ドルが加わることで、営業利益率3.7%が実現している。この「粗利率と販管費率の差が極めて小さい」構造は、会員費が前提のP&L設計でなければ成立しない。仮に会員費がなければ、営業利益率は約1.8%に低下し、わずかな売上変動で赤字に転落するリスクがある。会員費という安定収益があるからこそ、「粗利で儲けない」PLが持続可能になっている。コストコの販管費率9%の実現には、人件費の扱いも関係している。コストコは小売業としては比較的高い時給を支払うことで知られているが、SKUが少なく店舗オペレーションが単純であるため、従業員1人あたりの生産性が高い。少数精鋭で大量の売上を処理できる構造が、結果として販管費率を低く保っている。キーエンスが高い人件費を「バリューベース・プライシングを実行する人材への投資」として正当化しているのと同様に、コストコも高い人件費を「オペレーションの質と安定性への投資」として正当化する構造を持っている。参照フロンティア・マネジメント「コストコはなぜ儲かっているのか」:https://frontier-eyes.online/costco_financial-statement/ITmedia「コストコはなぜ安い?」:https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2106/23/news021.htmlまとめ ─「粗利を制限する」管理会計管理会計とは、利益を最大化するために「何を制約とし、何を自由にするか」を設計する技術だ。ダイソーは「100円」という価格の制約の中で原価を管理する。キーエンスは「粗利80%以上」という下限を設け、それを下回る商品は作らない。コストコは粗利率を約11%に抑えるという上限を自らに課し、利益の源泉を商品販売から会員費に移すことで、PLの構造そのものを再設計した。キーエンスの粗利率83.8%とコストコの粗利率10.9%。数字だけ見れば正反対だが、両社とも「粗利率を意図的にコントロールする」という管理会計の思想を共有している。キーエンスは粗利率の「下限」を守ることで高収益を設計し、コストコは粗利率の「上限」を守ることで会員制モデルの持続性を設計している。制約の方向が逆なだけだ。粗利を制限し、会員費で稼ぎ、SKUを絞り、コストを構造的に発生させない。コストコの管理会計は「安く売ること」を目的ではなく手段として位置づけた、逆転のP&L設計だと筆者は考える。免責事項本記事は、Costco Wholesale Corporationの決算短信(SEC 8-K/10-Q)、公式WEBサイト、公開済み報道記事等の公開情報を基に、同社の経営管理の考え方を整理・考察したものです。記載内容は一般的な情報提供および学習の補助を目的としており、Costco Wholesale Corporationまたはその関連会社による公式な見解・手続・社内文書を示すものではありません。正確性・完全性・最新性について保証するものではなく、本記事の情報に基づく意思決定・行動によって生じたいかなる損害についても責任を負いません。Zaimo株式会社ご紹介Zaimo株式会社は、「経営の力をすべての人に。」をミッションに掲げ、2023年1月に設立されたAIスタートアップ。東京都渋谷区を拠点に、AIネイティブな経営管理プラットフォーム「Zaimo.ai」の開発・提供を行っています。 代表の古城巧は、Barclays証券での株式アナリスト、Roland Bergerでの戦略コンサルタント、ベンチャーキャピタルSTRIVEでの投資業務を経て創業。ファイナンス・経営戦略・AIの三領域を横断する専門性を持ち、「経営管理の民主化」を実現するプロダクト開発を牽引。 これまでの経営管理は、一部の専門人材やExcel職人に依存した属人的な仕組みが課題でした。Zaimo.aiは、AIと財務管理の掛け合わせにより、スタートアップから中〜大企業まで、あらゆる組織が「全員経営」を実現できる世界を目指しています。 会社概要情報はこちらhttps://lp.zaimo.ai/