売上収益3兆1,038億円。営業利益5,009億円。営業利益率16.1%。ファーストリテイリングのFY2024(2024年8月期)は、売上・利益ともに過去最高を更新した。ユニクロとZARAは、どちらもSPA(製造小売業)と呼ばれるビジネスモデルを採用している。デザインから製造、物流、販売までを自社で一貫管理する点では同じだ。しかし、PLの設計思想は真逆だ。ZARAは「少量×高速回転」。2〜3週間のリードタイムで年間約1万2千種類のデザインを投入し、在庫の滞留時間を極限まで短くする。一方ユニクロは**「定番品×大量生産」。ヒートテック、エアリズム、ウルトラライトダウンといった機能性素材を軸に、流行に左右されない商品を大量に製造し、長期間にわたって販売する。ZARAが「在庫リスクを速さで極小化する」のに対し、ユニクロは「在庫リスクそのものを定番品で小さくする」。同じSPAでありながら、在庫に対するアプローチが根本的に異なる。本記事では、ユニクロの管理会計を「トレンドを追わない」商品設計、素材パートナーシップによる原価管理、「在庫を持つ」PL設計、グローバル展開のスケールメリットの4つの視点から解説する。出典:https://www.fastretailing.com/jp/ir/news/2410101800.htmlhttps://www.ryutsuu.biz/accounts/q101081.html1. 「トレンドを追わない」商品設計 ─ LifeWearという定番品戦略ユニクロの管理会計を理解する上で最も重要なのは、商品そのものが「定番品」として設計されているという点だ。ユニクロは自社の商品コンセプトを「LifeWear(究極の普段着)」と定義している。流行を追うファッションではなく、シンプルで機能的な日常着を提供する。ヒートテック、エアリズム、ウルトラライトダウン、感動パンツ。これらの商品は毎年改良されるが、基本的なコンセプトとデザインは変わらない。ヒートテックは2003年の発売以来20年以上にわたって冬の定番商品であり続けている。定番品中心のPL構造この「定番品」という選択は、管理会計上の複数のリスクを同時に下げる効果がある。第一に、在庫の陳腐化リスクが低い。ヒートテックは今年売れなくても来年の冬に売れる可能性がある。トレンド商品のように「今シーズン中に売り切らなければ価値がゼロになる」というリスクが構造的に小さい。第二に、需要予測が容易になる。過去の販売実績が蓄積されているため、来年の需要を高い精度で予測できる。第三に、デザインコストが低い。毎年ゼロから数千種類のデザインを生み出す必要がなく、既存商品の素材や機能の改良に集中できる。ワークマンが「トレンドを追わない」定番品戦略でPLの変数を減らしたのと同様の発想だが、ユニクロの場合はそれをグローバル規模で展開している点がスケールの違いを生んでいる。売上収益3兆円超のうち、海外ユニクロ事業が1兆7,118億円と国内の約1.8倍を占める。定番品だからこそ、世界中の店舗で同じ商品を同じコンセプトで販売でき、この規模が実現している。参照ファーストリテイリング FY2024決算サマリー:https://www.fastretailing.com/jp/ir/news/2410101800.htmlユニクロ LifeWear:https://www.uniqlo.com/jp/ja/contents/feature/lifewear/2. 「素材を開発する」原価管理 ─ 東レとの戦略的パートナーシップユニクロの定番品が競合と差別化できる最大の理由は、素材レベルでのイノベーションにある。そしてそれを支えているのが、東レとの20年超にわたる戦略的パートナーシップだ。一般的なアパレルブランドは、既存の素材メーカーから生地を仕入れてデザインする。素材は「与えられるもの」であり、差別化の余地は主にデザインとブランディングにある。ユニクロは逆だ。素材メーカーと共同で素材そのものを開発し、その素材を使った商品を自社ブランドで大量に販売する。ユニクロの主要機能性素材と東レとの共同開発ユニクロの広報は「LifeWearをつくるうえで、革新的な素材開発は非常に重要です。東レと20年近く密接に連携することで、快適に着ることができる服づくりが実現しています」と述べている。この連携は単なる仕入れ先関係ではなく、素材の研究開発段階から共同で取り組む戦略的パートナーシップだ。この素材パートナーシップが管理会計に与える効果は大きい。第一に、独自素材が参入障壁になる。ヒートテックやエアリズムは東レとの共同開発であり、他社が同じ素材を使うことはできない。第二に、大量発注が原価を下げる。定番品として毎年大量に販売するため、素材の発注量が圧倒的に大きくなる。スケールメリットが素材コストの低減に直結する。第三に、素材の改良サイクルが商品価値の維持につながる。ヒートテックは2003年の発売以来、毎年素材が改良されている。「去年より暖かくなった」「去年より薄くなった」というアップデートが、定番品に「買い替え需要」を生む。定番品でありながら「最新版」が存在する構造は、在庫の陳腐化を防ぐと同時に、リピート購入を促す仕組みだ。参照東レ「The Art and Science of LifeWear」:https://www.toray.co.jp/partnership/uniqlo/eleminist「ユニクロのリサイクルを支える東レの技術革新」:https://eleminist.com/article/40853. 「在庫を持つ」PLの設計 ─ 定番品だから在庫を「持てる」アパレルの管理会計において、在庫は最大のリスク変数だ。多くのアパレル企業は在庫を「減らす」方向でリスク管理を行う。しかしユニクロのアプローチはこれとは対照的だ。ユニクロは在庫を「持つ」ことを前提にPLを設計している。FY2024の決算サマリーでは、国内ユニクロ事業について「シーズン末まで夏物コア商品の在庫を戦略的にもち、マーケティングを強化したことで、お客様の需要を取り込むことができ」た結果、下期は既存店売上高が前年比11.7%の大幅増収となったことが報告されている。在庫を「減らす」のではなく、「戦略的に持つ」ことで売上を最大化した。トレンド型 vs 定番品型の在庫管理ユニクロが「在庫を持てる」のは、商品が定番品だからだ。ヒートテックは今年の冬に売れ残っても、来年の冬に売れる。トレンド商品のように「2週間で価値がなくなる」ことはない。この「在庫の時間的な耐久性」が、ユニクロのPLに大量生産のスケールメリットを享受する余地を与えている。言い換えれば、ユニクロの定番品戦略は「在庫を持つリスク」と「大量生産のコストメリット」のトレードオフを、定番品という商品特性で有利に傾けている。トレンド型のアパレルでは大量生産すればするほど在庫リスクが増大するが、定番品であれば大量生産してもリスクの増大幅が小さい。だから大量生産のスケールメリットを安全に享受できる。「定番品だから大量に作れる。大量に作れるから安くなる。安くなるから多くの人に売れる。多くの人に売れるから来年も定番品として存続する」という好循環が成立している。ただし、この「在庫を持つ」戦略にはリスクも伴う。FY2024の決算サマリーでは、上期に「暖冬の影響を受け、既存店売上高が前年比3.4%の減収」となったことも報告されている。気温が予想と異なれば、冬物の大量在庫が売れ残るリスクがある。ユニクロはこのリスクに対して、シーズン前の計画発注の精度を高めることで対応している。最初の発注段階で需要を正確に読み、シーズン中の割高な追加生産を減らすことで、原価率の改善につなげている。FY2024の国内ユニクロ事業では、この発注精度の改善により売上総利益率が前期比2.9ポイント改善した。参照ファーストリテイリング FY2024決算サマリー:https://www.fastretailing.com/jp/ir/news/2410101800.htmlファーストリテイリング FY2024決算説明資料:https://www.fastretailing.com/jp/ir/library/pdf/20241010_results.pdf4. 同じ商品を世界で売る ─ 定番品のグローバルスケールメリットユニクロの「定番品×大量生産」モデルが最も力を発揮するのは、グローバル展開においてだ。FY2024の海外ユニクロ事業の売上収益は1兆7,118億円で、国内ユニクロ事業の9,322億円の約1.8倍に達している。海外事業が連結売上の過半を占める構造だ。しかもFY2024の決算説明資料によれば、すべての地域で営業利益率15%以上を達成している。ユニクロのグローバル展開定番品は、グローバル展開における管理会計上のメリットが極めて大きい。ヒートテックは日本でもパリでもニューヨークでも上海でも、同じ商品を同じコンセプトで販売できる。トレンド型のアパレルであれば、国や地域ごとにトレンドが異なるため、商品開発や在庫管理を国別に行う必要がある。定番品であれば、国ごとの商品開発コストがほぼゼロだ。このスケールメリットは「生産量」に直結する。同じヒートテックを全世界で販売するため、1商品あたりの生産量が桁違いに大きくなる。生産量が大きければ、素材メーカーへの発注量も大きくなり、原価交渉力が強まる。東レとの戦略的パートナーシップが成立するのも、ユニクロがグローバル規模で素材を大量に発注できるからだ。さらに、定番品のグローバル展開はマーケティングコストも低減させる。ヒートテックの「暖かい」というメッセージは、寒い地域であれば世界中どこでも共通だ。国ごとに異なるトレンドを追いかけるためのマーケティング投資が不要であり、グローバルで統一されたブランドメッセージを展開できる。FY2024の決算サマリーでも「世界中でユニクロの知名度が高まっていることで、インバウンド販売も好調で増収に寄与した」と報告されており、グローバルブランドの浸透が国内事業にも波及している。トレンド型のアパレルがグローバル展開する場合、各市場のトレンドに合わせて商品を頻繁に入れ替える必要がある。ユニクロは定番品を全世界で同じように販売するため、グローバル展開の「変数」が根本的に少ない。ワークマンが「しない」ことで国内のPLの変数を減らしたように、ユニクロは「定番品に絞る」ことでグローバルのPLの変数を減らしている。参照ファーストリテイリング FY2024決算説明資料:https://www.fastretailing.com/jp/ir/library/pdf/20241010_results.pdfファーストリテイリング FY2024決算サマリー:https://www.fastretailing.com/jp/ir/news/2410101800.htmlまとめ ─ 「定番品を大量に売る」管理会計管理会計とは、在庫リスクへの「向き合い方」を設計する技術でもある。ZARAは「速さ」で在庫リスクを極小化した。少量生産、2週間サイクル、売れなければ即打ち切り。ユニクロは「定番品」で在庫リスクそのものを小さくした。流行に左右されない商品は陳腐化しにくく、来年も売れる。大量に作れるから原価が下がり、世界中で同じ商品を売れるからスケールメリットが効く。同じ「SPA」でありながら、ZARAは「時間」を、ユニクロは「規模」をPLの最重要変数としている。ZARAの粗利率57.8%はスピードから生まれ、ユニクロの営業利益5,009億円は定番品のスケールから生まれている。どちらが正しいという話ではなく、在庫リスクに対するアプローチの違いがPL全体の構造を決めている。ユニクロの管理会計は、定番品という商品設計を起点に、素材開発、大量生産、グローバル展開のすべてを一貫させた、規模駆動型の経営管理だと考えられる。免責事項本記事は、株式会社ファーストリテイリングの決算サマリー、決算説明資料、公式WEBサイト、公開済み報道記事等の公開情報を基に、同社の経営管理の考え方を整理・考察したものです。記載内容は一般的な情報提供および学習の補助を目的としており、株式会社ファーストリテイリングまたはその関連会社による公式な見解・手続・社内文書を示すものではありません。正確性・完全性・最新性について保証するものではなく、本記事の情報に基づく意思決定・行動によって生じたいかなる損害についても責任を負いません。Zaimo株式会社ご紹介Zaimo株式会社は、「経営の力をすべての人に。」をミッションに掲げ、2023年1月に設立されたAIスタートアップ。東京都渋谷区を拠点に、AIネイティブな経営管理プラットフォーム「Zaimo.ai」の開発・提供を行っています。 代表の古城巧は、Barclays証券での株式アナリスト、Roland Bergerでの戦略コンサルタント、ベンチャーキャピタルSTRIVEでの投資業務を経て創業。ファイナンス・経営戦略・AIの三領域を横断する専門性を持ち、「経営管理の民主化」を実現するプロダクト開発を牽引。 これまでの経営管理は、一部の専門人材やExcel職人に依存した属人的な仕組みが課題でした。Zaimo.aiは、AIと財務管理の掛け合わせにより、スタートアップから中〜大企業まで、あらゆる組織が「全員経営」を実現できる世界を目指しています。 会社概要情報はこちらhttps://lp.zaimo.ai/