これまでの本シリーズでは、ZARAやユニクロ、任天堂など、さまざまな企業のPLを「管理会計」の視点から読み解いてきた。しかし、PLを読み解くことと、PLを「設計し、管理し、改善する」ことは別の能力だ。後者を組織的に担う機能が、FP&A(Financial Planning & Analysis:財務計画・分析)である。日本CFO協会によれば、FP&Aとは「分析、予測、計画の策定、業績報告といった業務を通じて、経営や事業の意思決定プロセスに貢献する」機能であり、グローバル企業ではCFO傘下に確立された部門として存在する。日本では経営企画部門がその役割の一部を担ってきたが、近年、FP&Aを明示的に導入する日本企業が増えている。池側千絵氏の研究論文(原価計算研究, 2024年)でも、日本企業のFP&A組織変革が本格化していることが報告されており、リクルートはその実践企業の一つとして言及されている。その中で、リクルートのFP&A組織は独自の進化を遂げている。同社のFP&A担当者は、「事業におけるCFOのような働き方」ができると語る。単なる数字の管理者ではなく、事業に入り込み、戦略の策定から実行のモニタリングまでを伴走する。この「事業に入り込むFP&A」の仕組みは、リクルートが長年培ってきた「ユニット経営」の思想と深く結びついている。本記事では、リクルートのFP&A経営をユニット経営とFP&Aの関係、「事業のCFO」という役割設計、半年ごとに更新される3カ年計画、事業部門との伴走型運営の4つの視点から解説する。出典:https://www.recruit.co.jp/employment/mid-career/interview/fpa/https://recruit-holdings.com/ja/blog/post_134/https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcar/48/1/48_24/_pdf/-char/ja1. 「ユニット経営」が生んだFP&Aの土壌リクルートのFP&Aを理解するには、まずその前提にある「ユニット経営」という経営思想を理解する必要がある。リクルートホールディングスの公式サイトでは、ユニット経営を次のように説明している。「サービスを提供する市場単位に合わせて、事業組織を分割し、ユニット化します。そして、権限移譲されたユニットの長が、自分のユニットを独立した会社のように運営します」。ユニットごとの自由裁量を促すことで当事者意識を高め、スピーディで質の高い意思決定を促進する仕組みだ。ユニット経営がFP&Aに与える影響池側氏の研究論文によれば、リクルートは2021年に多数の子会社にいたFP&A機能を再編している。もともとリクルートグループは事業ごとに独立した子会社が存在し、各社に経営管理の担当者がいた。その機能をFP&Aとして再定義し、コーポレートと事業の双方に軸足を置く形に再編したのだ。この再編の意味は大きい。従来の「子会社ごとの管理」から「FP&Aという専門機能としての管理」への転換だ。Strat Consultingの分析でも、リクルートのFP&A担当者は「リクルート・ホールディングスのFP&A職や、事業部門の事業推進職を兼務しながら、上手に事業理解や情報収集を行い、FP&Aとしてインサイトを持って事業に貢献することができています」と評されている。ユニット経営は「分権化」の思想だ。しかし分権化だけでは、各ユニットが勝手に動き、全社の最適化ができなくなるリスクがある。FP&Aは、分権化されたユニットと全社経営をつなぐ「結節点」として機能している。ユニットに入り込みながらも、コーポレートの視点を持つ。この二重の所属が、ユニット経営の分権化と全社最適のバランスを支えている。参照リクルートホールディングス「成果を最大化する『ユニット経営』」:https://recruit-holdings.com/ja/blog/post_134/池側千絵「日本企業のCFO/FP&A 組織変革が始まっている」(原価計算研究, 2024年):https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcar/48/1/48_24/_pdf/-char/jaStrat Consulting「FP&A導入事例③リクルート」:https://note.com/stratconsulting/n/n38852b0214392. 「事業のCFO」─ 数字のチェッカーではなく、計画を一緒に作るFP&Aユニット経営を前提としたリクルートのFP&Aは、一般的な企業のFP&Aとは異なる役割を担っている。同社のFP&A担当者は公式インタビューで次のように語っている。「リクルートでは事業単位で業績管理をしているため、FP&Aも担当する事業の財務状況に対して明確な責任を持ちます。事業に入り込んで事業戦略・収支計画の策定に伴走したうえで、売上だけでなく利益まで一気通貫で管理し、自己の責任において経営層に業績報告することが求められる。事業におけるCFOのような働き方ができていると感じます」一般的なFP&A vs リクルートのFP&ARidgelinezのコラムでは、日本企業におけるFP&Aの役割を「事業FP&A」と「本社FP&A」に分類している。事業FP&Aは事業部門に入り込み、事業の意思決定を支える。本社FP&Aは事業FP&Aからの情報に基づき、事業ポートフォリオ管理や事業間の連携を担う。リクルートのFP&Aは、この「事業FP&A」の機能を兼務という形で実装している。同社のFP&A担当者は、この役割についてさらに踏み込んで語っている。「一般的な大企業の場合は業務分掌が明確なケースも多く、財務部門やFP&Aは各事業部門が作成した計画や予算をチェックする立場がメインではないかと思います。リクルートでも、もちろんそうした部分も担いますが、毎週のように事業部の会議に参加して一緒に計画を練り、予算を取りに行く動き方ができています。コーポレート部門のFP&Aという立場でありながら、単なるレビュワーではないところが面白い」参照リクルート 管理会計 社員インタビュー:https://www.recruit.co.jp/employment/mid-career/interview/fpa/Ridgelinez「"攻め"のファイナンス組織を目指した組織・人材の変革」:https://www.ridgelinez.com/contents/column/management-control-20211022/3. 半年ごとに書き換える3カ年計画 ─ 月次管理と中長期計画をつなぐ仕組みリクルートのFP&A経営において、もう1つの際立った特徴は「半年ごとに3カ年計画をアップデートする」仕組みだ。一般的な日本企業の中期経営計画は3年間で固定されることが多い。策定に数ヶ月をかけ、発表後は「達成すべき目標」として扱われる。環境が変わっても計画は据え置かれ、次の中期経営計画で修正される。リクルートのアプローチは異なる。同社のFP&A担当者は「リクルートには半年おきに事業の3カ年計画をアップデートする仕組みがあります」と説明し、「社会環境が変化するなどで前提条件が変わってしまうことがあっても、タイムリーに計画の軌道修正をすることが可能で、月次の予算管理のデータなども反映できる」と語っている。固定型中計 vs ローリング型計画この「半年更新」の仕組みが管理会計上持つ意味は大きい。多くの企業では、中長期の計画と月次の予実管理が断絶している。計画は「理想」、月次は「現実」として別々に管理されがちだ。リクルートでは、月次のモニタリングで得られたデータやインサイトが、半年後の計画更新に直接反映される。FP&A担当者は「自分の判断がどのような結果につながったのかをモニタリングしながら、スピーディに次回の計画策定に活かすことができる」と語っている。計画策定のプロセスも具体的だ。「中長期的な事業計画の策定には3ヶ月程度の期間を要しますが、その間は週に一度、営業、事業推進、プロダクト開発、マーケティングなどを担当する主要メンバー10数名が集まる会議を開催し、議論を重ねています」。FP&A担当者はこの会議の中で「財務面の専門的な観点から意見を求められる主担当は自分ひとり」だと語っている。つまり、3ヶ月の計画策定期間→半年の実行+月次モニタリング→再び3ヶ月の計画見直しというサイクルが、FP&Aを軸にして回り続けている。中長期計画と月次管理が接続されたこの仕組みは、「計画は固定するものではなく、常にアップデートするもの」という設計思想に基づいている。参照リクルート 管理会計 社員インタビュー:https://www.recruit.co.jp/employment/mid-career/interview/fpa/4. ボトムアップ文化とFP&A ─ 「指示されない計画」だからこそ機能するリクルートのFP&Aが「事業のCFO」として機能する背景には、同社のボトムアップ文化がある。同社のFP&A担当者は「経営陣から疑問をぶつけられることはあっても『指示』を受けることはほぼなく、大きな裁量を持たせてもらえます」と語っている。さらに「リクルートでは、それぞれの事業部門がひとつの会社組織のように独立して事業計画を策定するため、ほかの事業の状況から目標数字を上積みされるようなことはありません」と説明している。トップダウン型 vs ボトムアップ型の計画策定このボトムアップ文化がFP&Aの機能を強化する理由は明確だ。トップダウンで「売上をあと10%伸ばせ」と指示されるのであれば、FP&Aは指示を事業計画に落とし込む作業者に近くなる。しかし事業部門が自ら計画を策定する場合、FP&Aは「この計画は財務的に妥当か」「投資対効果は十分か」「経営層にどう説明すれば予算を獲得できるか」を自らの判断で考え、提案する必要がある。FP&Aの裁量と責任が大きくなり、結果として「事業のCFO」としての働きが可能になる。FP&A担当者は予算獲得のプロセスについても具体的に語っている。「予算を獲得するために『投資判断を行う経営層に向けてどのようなレポートを作成するべきか』という観点もアドバイスしています。リクルート全社の経営状況や社会の景況から、投資可能な金額や大きく投資する時期などを分析した上で、獲得できそうな金額や動き出すタイミング、経営層にアピールしたいポイントなどを伝えています」この発言からは、FP&Aが単に「数字を管理する」のではなく、事業部門が経営層から予算を獲得するための「財務の参謀」として機能していることが分かる。事業部門の「やりたいこと」を、経営層が「投資すべきだ」と判断できる形に翻訳する。この翻訳機能こそが、ボトムアップ文化の中でFP&Aが果たす固有の価値だ。リクルートホールディングスの公式サイトでも「ユニットごとの自由裁量を促すことで責任者の当事者意識を高め、スピーディで質の高い意思決定を促進する仕組み」と説明されており、このボトムアップ型のユニット経営と、FP&Aによる財務面のガバナンスが車の両輪として機能している。参照リクルート 管理会計 社員インタビュー:https://www.recruit.co.jp/employment/mid-career/interview/fpa/リクルートホールディングス「成果を最大化する『ユニット経営』」:https://recruit-holdings.com/ja/blog/post_134/まとめ ─ FP&Aは「組織」の管理会計である管理会計とは、PLを「設計し、管理し、改善する」ための技術だ。そしてFP&Aとは、その技術を組織として実装する仕組みである。これまでのシリーズでは、企業のPLをどう「読む」かを解説してきた。しかしPLは読むだけでは変わらない。計画を立て、実行し、モニタリングし、修正する。この一連のサイクルを回す人と仕組みが必要だ。リクルートはそれを「FP&A」という形で組織化している。ユニット経営で分権化された各事業にFP&Aを配置し、「事業のCFO」として入り込ませる。半年ごとに3カ年計画を更新し、月次の予実管理と中長期計画を接続する。ボトムアップ文化の中でFP&Aが裁量を持ち、事業部門と共に計画を作り、経営層への橋渡しを行う。この設計により、多角的な事業ポートフォリオの各事業が、それぞれ最適な計画とモニタリングの下で運営される。FP&Aは決して特別な概念ではない。予算を立て、実績と比較し、差異を分析し、次の計画に反映する。多くの企業が何らかの形で行っていることだ。リクルートの示唆は、その「当たり前」を、専門的な人材と明確な権限、そして半年ごとの更新サイクルという仕組みで組織化した点にある。FP&Aを「個人の能力」ではなく「組織の機能」として設計することで、管理会計の精度と事業への貢献度が上がると考えられる。免責事項本記事は、株式会社リクルートおよび株式会社リクルートホールディングスの公式WEBサイト、採用情報、学術論文、公開済み報道記事等の公開情報を基に、同社の経営管理の考え方を整理・考察したものです。記載内容は一般的な情報提供および学習の補助を目的としており、株式会社リクルートまたはその関連会社による公式な見解・手続・社内文書を示すものではありません。正確性・完全性・最新性について保証するものではなく、本記事の情報に基づく意思決定・行動によって生じたいかなる損害についても責任を負いません。